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My small story of a day.日常のちまっとしたことを。

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2021年6月14日:新潟県立歴史博物館

昨日は娘の希望で、車で1時間弱のところにある新潟県立歴史博物館へ行った。実は5月のGWの旅行の際に行ったばかり。でも、展示は見応えタップリだったし、親もまんざらでもなかったので張り切って出かける。
ここは有名な火焔土器の出土地とあって、博物館に近づくと大きな土器のモニュメントが目印になって導いてくれる。博物館は丘のほぼてっぺんにあり、とても立派な建物だ。GWの時と同じで、広大な施設のわりに、空いている!娘が目指すのは、縄文人の生活を再現した展示だ。春夏秋冬の衣食住の様子が音響効果とともに見事に再現されていて、大人も引き込まれる。人物の描写は、あまりにリアルでじっと見すぎたら申しわけないような気に…。自分が子供の頃に読んでわくわくした「まんが日本の歴史」の世界がまさにそこにある感じ。
もうひとつ圧巻なのは、火焔土器がずらりと並ぶコーナー。この部屋に入ると、おもわずうわあっと声が出てしまう。よく見たら、火焔土器のデザインって、本当に千差万別なんだね、作る人の趣味で色々な形を土器に落とし込んでいるんだね。今回も、どれが本物でどれがレプリカか見るの忘れた!でも、中央にひとつだけいかにも大切そうにガラスに包まれて展示されているのが、恐らく本物だと思う。
次は、新潟県上越地方の昔の暮らしが再現されたコーナー。昔の商店(日用品店、駄菓子屋さん、履物屋さん)の様子がリアルに再現されて楽しくて、上の階に行くと、原寸大の商店街が積雪5mの大雪に包まれている様子が見られる。高く積もった屋根の雪の上で雪かきをしているおじさん、積もった雪の上でそり遊びをする子供、あまりに積雪が高いので、そこにトンネルを掘って反対側の雁木通りに行き来出来るようになっている。雪とともにある生活、という感じか。
展示を見終わったら、今回はスケジュールに余裕があったので体験プログラムで、粘土で小さい土器作りをした。わりと固めの粘土を、まずはこねてこねて、手で延ばして、サンプルを見ながら形にしていく。爪楊枝と小さいロープの切れ端を使って外側に模様をつけていくのが、思ったより難しい。でも、楽しい!本当はもっと土器っぽくしたかったんだけど、結局ゴミ箱みたいになっちゃった〜。もっと、貝をゆでている雰囲気にしたかったのに…。娘はノーサポートで、サンプルどうりに上手にできた!夫は、王冠型土器をめざしたんだけど、ホットプレートのフタで恐らくおされて、焼けて出来てきたら直立しなくなってた〜(写真では、私の土器に寄りかかっている)。でも、グッドトライ!次は絶対火焔型土器を作りたい。最後のお楽しみは、レストランのジェラート。これが結構美味しいの。甘い物好き家族なので、一人ひとつずつ。
ここ、かなり遊べます!施設はすごく広々としてきれいで、建築や空間のデザインも素晴らしく、とにかく展示物が素晴らしい。私だったら、Aランクつけちゃいます!でも、正直パンフレットが、この良さを十分に伝えきれていない。ホームページもまた然り。新潟県よ、もっと火焔土器と歴史博物館を全国にPRしようではないか!
→新潟県立歴史博物館ホームページ


2021年6月6日:ハッピーデー

昨日は夫の誕生日で、何か楽しい事をと、珍しく皆で自転車でお出かけしました。と言っても、距離は片道6kmばかり、子供乗せ自転車とクロスバイクの2台で。梅雨に入ってしまうと自転車のお出かけは出来ないし、梅雨の後は猛暑だからね。一番いい季節は短い。車の道は危ないので、エンエンと信濃川の土手を走る。こういう道がある事は本当にラッキー。向こうからぶつかってくるかなぶんや小さい虫はうっとおしいけど、あとはただ気持ちが良いだけ。途中、河川敷に広がる公園で少し遊んで、目的地の「ふるさと村」へ。ここは新潟のお土産や物産が集まる観光地だけど、川沿いの道からそのままスロープで入れるようになっているという便利さ。新潟に4年いて、始めてこのルートを開拓しました。「ふるさと村」では美味しい物が食べられる上、子供が遊べる木のアスレチック室内遊戯があり、娘もたくさん遊べた。鯉にえさもやったし、大道芸も見たし、negiccoの歌も聴いた(VTR)。一日中遊べた。
昨日の日本海に沈む夕日はまた見事。夕飯を食べた帰り(7時くらい)に、日本海沿いのタコ公園を目指す。一眼レフカメラを持っている人、若いカップルなど夕焼け目当ての人がたくさん。Nikonのカメラが二つとも調子が悪くなってしまったので、ふる〜いLumixで撮ってみたけど、よく撮れてる。佐渡島もくっきりだ。いい日だった。


2021年5月25日:風が心地よい

今日は風が心地よくて、ベランダに椅子とテーブルを出した。けれども、今のところそこでくつろぐ時間がまだない。私に許される時間は、朝9時15分頃(子供を幼稚園へ送って戻る時間)から、午後2時5分前。なので、5時間弱だけど、その中で買物を済ましたり家事をしたり、夕飯の事を考えたりする。なので、作業時間にどれくらい充てられるかは、どれくらいテキパキと家事をしたかにかかってくる!時間は、まるで盗まれているかのようにどんどん消えていき、気がついたら娘に「おかえり!」と言っている。
そんな中でも、心地の良い風に誘われてどうしても版画を刷りたくなる。6月を前にして、昔作った版を引っ張りだした。実は、こういう小作品にはインクパッドを使っている!ローラーでインクをのせるのは、溝に沢山インクが入ってしまったり、インクがなかなか付かな部分があったりで失敗が多いけど、インクパッドは均一にインクをのせてくれるので便利だなあ。とてもきれいに刷れて気分が上がったので、遂にインスタを始めて見よう!と、写真を撮ったけど、スマホじゃない私には、投稿の仕方が分からない〜。どうやらパソコンでも投稿出来るらしいけど、恐らく私のブラウザが古すぎて、なんだかややこし…。諦めて、いつも通りここに写真をアップした。誰か読んでくれるかな、と思いながら。


2021年5月17日:色々あっていいんじゃないか

Julyの版画を刷り直す。今までの濃紺のインクの調子が悪く失敗したので違う色で刷ったら、爽やかになった!災い転じてなんとやら。
ところで先週の金曜日は娘は「きょうはなちゃんマリンピア(水族館)いきたい」と言い出して、内心…あと一日でお休みなのに…と思ったけど、ちょっと私も鼻の調子が悪かったし、幼稚園お休みしてマリンピアへ行った。出かけるとき玄関で、同じ幼稚園のお母さんにばったり会ってしまい、う、きまずい…、ちょっと言い訳めいたことを言ってしまったのだ。でも、少し経ってから、自分はどうして言い訳をする必要があったのだろう、と考え込んでしまったのだ。だって、幼稚園は義務教育ではない。きちんと朝連絡もしているんだし、理由もあるわけだし、そんなに「罪悪感」を感じるのって、なぜだろう…、と考えた。するとやはり、これは自分の子供の頃の教育環境に原因があると分かった。
子供の頃は、私は学校大好き。でも、もちろん子供だし休みたい時だってある!でも、体調が悪い時しか休めない。これが当然の事だった。学校には「皆勤賞」なるものがあり(今もあるのかな?)、一年通してお休みしないで学校に来た子供がもらう賞。全校集会で壇上で賞をもらう。そしてこれをもらうと、子供も誇り高い気分になる。私にも経験がある。反対に、「ずる休み」という言葉がある。病気じゃないのに学校を休んだ事だ。
こういう慣習が尾を引き、私は社会人になってもそういう意識で過ごし続けた。会社では、有給休暇が20日もらえる上に、女性の場合は生理休暇も月2回まで許されていた。でも、私は生理休暇を取った事が無く、生理で辛くても(実際とても辛かった!)、薬を飲めばどうにか仕事出来るんだから、と思っていたのだ。そのなかで、毎月2回生理休暇を取る人もいた。そういう人を、「私だって頑張っているんだから、薬飲んで来ればいいのに」と思っていたのだ。体調が悪くても、権利として認められていたとしても、頑張って会社に来る人の方が偉いと、本気で思っていたのだ!今、自分は多少なりとも成長出来たおかげか、本当に自分は馬鹿げた考えを持っていたなあ、と思う。人は色々で、もちろん生理の辛さも色々、薬を取りたいか取りたくないかの選択だって色々だ。「こうあるべき」と言う事柄は、ちょっと立ち止まって考え直す必要があるのではないか。学校にしても、不登校が出てしまうのは、やはり学校に行かなくてはいけないという社会の決まりがあるからだ。子供にとって、学校に行くよりも何かやりたい事があるのならそちらを優先してよし。何かやりたい事を延ばしたり、大人と出来る特別な体験をやったりする事の方が有益な場合は、それでいい。それで、また友達に会いたくなれば学校に来ればいいのだ。日本の社会では、学校に入った途端に、レールのような物にのったようなものだ。そのレールは社会人になるまで続く、いや、死ぬまで続くのかもしれない。そしてそのレールにはいくつかの支線がありはするけど、途中下車は難しい。途中下車、別に人生を降りるという事ではなくて、レールからそれた生き方をする、という意味だ。だから、人と違う生き方をする人がとても行きにくい社会になっている。ファッションひとつとってもそうだ、お母さんはこんな感じ、と大体のイメージは決まっている。私も髪型を短髪の金髪にしてみたいけど、やはりそれは無理だろうな、と思っている。日本社会は、そんなclosed societyなんだ。それは正直、なかなか変わらないだろう。もうずっと変わらないかもしれない。でも、それでは世界に遅れをとる。色々なところでdiversityが叫ばれている今、それを民族問題だけではなく、同じ民族どうしても似たような問題が起きている事にしっかりと目を向けないといけないと思う。


2021年5月13日:夏みたい

今日はまるで夏みたい。日差しが暑い。娘を幼稚園へ送って9時過ぎ。なんだか、お天気のいい日に出来る色々な事を頭に浮かべながら、思い切って散歩か、自転車で買物に出かけたい…、という気持ちが、いつもの出不精に負けてしまう毎日。と言っても、言い訳じゃないけど出かけない方がいい理由はいくつもある。花粉症で鼻や喉がやられているのと、久々にデザインの仕事がある事と、でも最大の理由は、どうせ娘を2時前には向かえに出かけないといけないんだから、気持ちが落ち着かないのだ。そのうちもう少し余裕が出て来たら、町に出かけられるようになるのかもしれない。ひとりランチも出来るのかな?
先日公園で、初めて四葉のクローバーを見つけた!想像以上に嬉しい自分がいた。今はクローバーがたくさん茂る時季だね。クローバーの茂みを裸足で歩くと、冷たくてとても気持ちがいい。娘も大好きで、片手に沢山のクローバーを摘んでいる。昨日も、川沿いの土手に咲く野の花を摘んできた。本当に小さい花だけど、完璧に形作られていて、自然はカンペキだな、と改めて思う。家に持ち帰って花瓶にさすと、いったんはくたっとなっていた花もまた元気に。そして自然は強い!最近は、野の花を家で飾るのがちょっとしたブームになっている。心躍る春だけど、短いのも現実だ。苦しい夏がくる前に、やる事はたくさんある。


2021年4月30日:月光荘のスケッチブック

銀座、月光荘画廊のスケッチブックが届いた。注文して3日ほどで届くなんて嬉しい。GEKKOSOのテープがしっかりと貼られてあり、ああ、銀座のあそこから届いたんだな、としみじみと感じてしまう。初めて使ったのはいつだったか。もう10年ほど前だと思うけど、銀座の会社に一時勤めていた頃、営業でうろうろとしていた時に見つけたんじゃなかったかな。一階がお店とギャラリースペースになっていて、螺旋階段を降りた地下が、スケッチブックなどを置いている。調べれば分かるけど、想い出だけを頼りに書いている。なんだか、高級なイメージの銀座でそこだけ異世界で、そこに買物をしに入るだけで、特別な自分になれた気がしていた。なつかしいな。
いつも買うのは、2FサイズというA4より小さいサイズで、紙はぺらぺら。でも一冊のページ数がすごく多いので、もうガリガリ使う事が出来る。今回新たに3冊買って、9冊目という事になる。私は、ゴム版画で小さい作品を普段から色々作ったり、はんこも作るんだけど、試し刷り用にも最適な薄さ。普段の走り描きやスケッチにも、軽くて持ち運び易いし、あ〜、大好き。書いていたら、このスケッチブックへの愛がどんどんつのってきたわ。さあ今日も、たくさん描き込みますか。


2021年4月19日:刷りの日

今日はめちゃめちゃ風が強い日。娘の初めての午後までの保育日だったので、時間があるある。こんなの初めてだ。なので、今日は今まで出来ていなかった版画のエディション刷り。昨年作った5月と7月の版画を刷る。刷りは緊張感のいる作業ではあるけど、デザインを考えたり構成を考えたりは無いので、すごくリラックス。風の音を聞きながら、はかどる。これを一人で黙々としていると、まるで印刷工場みたいで楽しい。刷りを重ねるごとに表情を変えてゆく絵を見るのも楽しい。そしておまけに、以前作って恐らく(何らかの理由で)ボツにしたのであろう版を引き出しから見つけて、グリーティングカードに圧してみた。かすれ具合がわりとイイ!そして、そこに水彩で着色したら、ノスタルジックで雰囲気のあるカードになりました。今まで活用してこなかった版の、活用方法が見つかると、すごく嬉しいなあ。
何も考えなくていい刷りの作業が終わったので、明日からはだいぶ考えないといけない作業に入ろうと思っている。またこちらで、新しい作品を胸はって紹介出来るように。


2021年4月15日:カフェ 山の家

娘の幼稚園が始まったので、少しは頻繁に日記を書けそうだ。ところで、去年からずっと頼まれていた、看板がやっと出来て、先方に発送完了。なかなか時間が取れずに本当にカタツムリのようなスローなペースでの作業だった。久し振りに、大きな木に思い切り描ける作業が楽しかった。木版画で制作した原画を、拡大して木に写し、アクリル絵の具で仕上げた。貴重な制作の体験に感謝したい。北海道のカフェなので、そろそろ春の兆しが見えて来たのだろうか。山の麓でのんびりとゆったりとカフェ生活を楽しまれるのだろうか。そこに、この看板を添えてもらえれば嬉しい。遠くからお客さんに見つけてもらえるように、地の色と「山の家」のコントラストを強くしたけど、なにせひろ〜い大自然の中だろうから、きちんと目立つかな?いつか、現地に行ってきちんと活躍しているか見届けてみたい。


2021年4月13日:春到来

いつまでも寒い。なかなか春らしい天気の日に恵まれない、と思っていたら、突然暖かい日が続き、桜がどんどん開花して、散って行った。その前に娘の4才の誕生日が来て、その週末には入園式だった。
今年の誕生日の壁飾りは、娘に任せた!リビングにピクニックシートを広げて、久し振りのアクリル絵の具を引っ張りだしてきた。子供の描く線って、大人には絶対に真似の出来ない、自由な線だ。最近人間の顔や体を描けるようになってお絵描きが楽しくてたまらない娘の絵には、到底かなわない。目の◯、口の半円だけでも、私が描くとがっかりしてすぐにゴミ箱に入れてしまいたくなる。なんでだろう?この無邪気さで絵が描けない物だろうか?画家で言うと、荒井良二さんは、まさに子供のタッチのまま描き続ける事の出来た珍しいタイプだと思うけど、本人の心も無垢なんだろうか?やはり、そういう人なんじゃないかな、と思う。荒井良二さんと肩を並べる事の出来る、すごい画家が今、うちにいるのだ。壁に並べると、無邪気な線やスマイルがこっちに微笑みかけてくる。よく出来ました!
今年は初めて、新潟市秋葉区の桜ロードを見に行けた。これはソメイヨシノより遅い桜で、濃いピンク。遠くに雪山を望めるロケーションがまた素晴らしい。その週末の入園式は、この情勢もあって30分ほどで終わり、昨日は初登園。まったく問題なし。周りに入園式で泣くだの、初めての日は泣くだの聞いていたけど、それも無し。おトイレもしっかり出来たとの事でホッ。これから、娘にも私にも、新しい生活のリズムが始まる。私も娘も、少しずつ波に乗っていければ、と思っている。


2021年3月6日:蜜蝋ラップ

プラスチックゴミの膨大さにいつも心が痛い。うちの家だけで毎週出るプラゴミがこれなんだから、世界レベルで考えると、一日でどんだけ出ているのか。今は、世界中がプラスチックを減らそうと努力をしているところ。スーパーのレジ袋が有料になった事で、そのへんのゴミはだいぶ減ったとは思うけど、スーパーに並ぶ商品のほとんどにはプラスチック包装がされていて、消費者だけが努力をしないといけないのはなんかおかしい。供給する側の方が圧倒的にプラスチックを出しているのだから。衛生面、商品管理面を考えると、プラスチックという物はすごい優れものだ。しけ易いおせんべいをあれだけの賞味期限持たせられるんだから。でも、買ったら早めに食べる事を心がける方法もあるのでは?そうすれば過剰包装じゃなくてもいい。(まさかのココナッツサブレが、個別包装になったのは非常に残念!!)それは、物を大事にする、必要に応じて買う、フードロスを減らす事にもつながってくる。
と、色々とまとまらない考えが四方八方にいってしまうが、先日蜜蝋ラップを買ってみた。自分も、今言ったような気持ちはあるものの、実際には便利さにかまけて何も出来ていない。ほんの少しの事からやってみよう!と思ったわけだ。手づくりサイトの作家さんから買ったのだけど、まずかわいい!これがコップやら食べかけのヨーグルトの上にのっている様は、気分が明るくなる。きちんとすき間が留るのか…、と思っていたけど心配無し。そして、残ったおむすびもかわいく包めて、見るたびに嬉しくなる。レンジとか冷凍には使えないので、ラップと併用することになるけど、私の心が痛む回数が少しでも減れば、今のところよしとしよう。


2021年2月14日:大忙しのバレンタイン

今週末は、新潟としては本当に珍しい晴れマークの土日。なので、大忙しだ。スケジュールとしては、土曜日は瓢湖へ渡り鳥を見に行く!瓢湖へは新潟での最初の冬に行って、初めて見る膨大な数の白鳥や鴨に驚き。今年は、きっとそれを見る最後の機会になるだろうと、二回目の訪問だった。最初の時に比べて娘が物心がついたので、もしかしたら怖がるかと思ったけど、喜びいさんでえさまきをした。瓢湖のある阿賀野市は、まだ雪がたくさん残っていた。特に隣接する白鳥公園は、雪かきをしないせいもあって、約60cm程度の積雪がそのまま残っていて、美しい雪景色。公園のベンチはそのまま雪に埋もれていた。
そして日曜の今日は、私はやる事が山積みだ。天気がいいと、いつも出来ないようなウール(手洗い)やシーツなどの洗濯もたくさんあるし、あ、昨日娘がソフトクリームをたらしたコートの手洗いもあるし、キッチン(コンロなど)の掃除もしたいし、窓を開け放して空気を入れ替えて、掃除したいし…。なので、妄想で2人の家政婦を雇ってみる事にする。一人には掃除と洗濯を一手に任せる。いつも出来ない細かい掃除もしてもらう。山となってクローゼットに積み込まれている子供の衣類も、整理してもらう。もう一人は、料理担当。今日は餃子の予定だけど、キャベツが不足しているから買物に行ってもらい、ついでにチョコレートも買って来てもらって、まずは外に遊びに行っている娘と父親が帰ってくるまでにバレンタイン用のガトーショコラを焼いてもらう。餃子は皮も手づくりだ。強力粉はあるから、ネットでレシピを調べてもらってもちもちの皮を作ってもらう。昨日阿賀野の産直で買った里芋も、どうにか美味しくおかずにしてもらいたい。そして私は、一日中かかっても全然終わらない、幼稚園のための色々な用品のためにミシンとアイロンをフル回転させる。そうして家中走り回って働いているうちに、家族は「ただいま〜」と帰ってくる。3人でやればきっと満足のいく仕事ができるだろう!
でも、残念ながら家政婦はいないので、私一人で仕事をこなすとなると、ガトーショコラは我慢してもらおうかな。そんなに忙しいのにこれを書いてしまうのは、やはり、私はこうしてがんばってますよ、ということを誰かに知らせたいのかな。


2021年2月8日:紙のブックカバー

私の作品の中でも一番買ってくれる人の多い、紙のブックカバー、在庫が少なくなってきたので今年はピンク系で印刷に出しました。配色は迷ったけど…、できてきたらそれなりにかわいいと思っている。ハンドメイドサイトで販売しているけど、閲覧数自体が全然増えなくて、毎日閲覧数とにらめっこしているけど、昨日、初めてこのブックカバーとハートのラッピングペーパーに良いレビューが届いた。嬉しい!「見る度惚れ惚れするかわいさ」なんて書いてくれたのだ。とたんに一日が嬉しい日になる。なかなか自分の作品が評価してもらえない日々は暗いけれど、たった一人が喜んでくれたと思うだけで、こちらも幸せな気分になれるなんて、感謝。


2021年2月2日:おやつの時間

先日ドーナツを作った。実は初めて作った時は、油の温度が高すぎてあっという間に黒く脂っこくなってしまい失敗だったので、今回は少し慎重に。HMに頼らずきちんと小麦粉で作る。成功を予測して、今回はシナモンシュガーとチョコレートの2種類。これが大成功で、もうお店のドーナツに戻れない、くらい美味しかった。首都圏に住んでいた頃に比べ、簡単にテイクアウト出来る美味しい物へのアクセスが悪いおかげで、新しいレシピにチャレンジするきっかけになっている。これは嬉しい。
13年間使い続けたペンケースに別れを告げて、新しい物をおろした。引退したのは、minneで手づくり布小物を売っていた時に人気だったペンケースの、試作品だったものだ。洗濯機で洗ったり乱暴に鞄の中に突っ込んだり、がさつに扱われてきたけど、一度も修繕した事は無いし、まだ丈夫。でも、刺繍糸は色があせて、全体にグレーがかってきた。手触りは、頬ずりしたいくらい柔らかくなっている。でも、これで13年間も使える事が証明されたね。本当にありがとう!


2021年1月23日:69年の夏

NHKで放送された「Must Be UKTV」という音楽番組をだいぶ以前に録画しておいた。なかなか見るチャンスが無くそのままだったのが、最近夫が時間を見つけてみていたその時、私も昔の血が騒ぎ始めた。この「Must Be UKTV」という番組、今では絶対に見る事の出来ない70's80'sのミュージシャンのライブを見られるという超貴重な番組。超有名アーティストの若かりし時の貴重な映像が沢山出てくる!今回は、トリがブライアンアダムスで、なんだか久々の感覚にとらわれて、夫もそんな私を見て少しあぜんとした様子だ。「Summer of '69」とか、めちゃめちゃ聞いて歌詞カード読んで感動して自分も歌っていたので、長い間聞いていなかったのに今でも歌えた事に、改めて当時(高校生のとき)だいぶ聞き込んでいた事を思わせた。
昨日、夫からサプライズプレゼント。新潟の地下街のかくれた名店レコードショップで、なんと当時私が聴いていたブライアンアダムスのCDと同じ物を見つけて来てくれたのだ!記憶ではジャケットの色あいはセピアだったけど、曲目を見ると間違いない!一気に想い出とノスタルジー、ロックへの情熱が駆け上がった。一曲一曲聴いていると、本当にロックって、魂の音楽だと実感した。昨今のミュージックシーンを見ていると、ロックはほぼ死に絶えているように見える。以前美大のクラスの男の子と、ロックはいつか終わりを遂げる、もう終わりが見えている的な論争をしてもの凄く怒りに燃えた事もあったけど、2021年の今、本当にロックを歌っている人はいるのか?そして、それを支持している人たちは地下に潜らされているかのようだ。でも、私たちには過去にもらってきたたくさんのロックの恩恵がある!それだけでも十分だ。BonJoviにしても、Aerosmithにしても、決して彼らは死ぬ事は無い、この世界が続く限り彼らの描いてきた精神は生き続ける、と、ものすごく胸が熱くなっている。


2021年1月21日:きかんしゃトーマス展

新潟市美術館で開催されているきかんしゃトーマス展に先週行って来た。娘は、大のきかんしゃトーマス好きだ。お友達に話すと、「おにいちゃんいるの?」とか言われるけど、トーマスを真剣に見始めて一年は経っていると思う。まあ、こういうのは親の影響も大きく、敢えて「きかんしゃトーマスなら」と見せていたのが大きいかもしれないけど、4才を目前に、まだまだ一番好きなのはトーマスなのだ。新潟でトーマス展をするというのだから、早速昨年前売りを購入、楽しみにしていた。そして、展示は期待以上。「もしかしたら、新潟だし、初版本のページを額装して飾っているくらいかもしれないな…」とか思っていたら、なんの、正真正銘の原画がずらりと並んでいた。親的には、あの緻密で情景描写豊かな挿絵は、絵本を越えて絵画の世界なのだから、かぶり付きで鑑賞したけど、テレビ世代の娘は一緒に展示中のテレビシリーズの方ばかり。まあ、仕方ないね。
とは言っても、わたしだって娘に見せ始める前は、本(汽車の絵本)すら読んだ事が無かった。図書館で本を借りるようになってから、この世界観の素晴らしさにすっかり魅了されている。まず、トーマスのお話は、ファンタジーではなくてほぼ現実にそくした展開になっている。そこがすごいところだ。機関車の型から、実際の鉄道会社の運用のされ方までしっかりと事実に基づいている。一見不思議で仮想のキャラクターかと思われる機関車などが出てくるけど、それも鉄道の歴史の中で実際に存在して来た物ばかりなのだ。そんな素晴らしい絵本シリーズの原画を見れたのだから感激。更に驚くのは、原画のサイズだ。絵本版より少しは大きく描かないと、あんなに細かくは描けないだろうと思っていたら、ほぼ同寸だった。でも、確かにあんなに沢山のシリーズをこなすには、あまり大きな絵では間に合わないだろう。展示では、有名なシーンを複数取り入れた素晴らしいジオラマなどもあり、しっかりと目を開いて鑑賞させてもらった。
そして、展覧会でのもうひとつのお楽しみはミュージアムショップだ。しっかりと図録はゲットして、あとは細かい物をいくつか。そして、ずらりと並ぶポプラ社の新装改訂の「新・汽車の絵本」シリーズに目が止まる。おお!確か今まではミニサイズの物しか売られていなくて、せっかくの素晴らしい絵を楽しむためには以前の倍サイズが無いかな〜と思ってたのが、遂に出たようだ。どれか欲しいと思っていたら、娘の「でも、としょかんでかりればいいよ」という冷静な言葉。なるほど、いったん頭を冷やさないといけないなと、一冊も買わずに帰ってきました。


2021年1月7日:えらい天気

去年末から大寒波が日本川沿いを襲い、その寒波はまだ勢力を増して新潟を攻めて来ている。今日は雪は無いものの、大嵐。怖いくらいの雨風だ。夕方5分ほど停電になった。「しまった…」という気持ちで、真っ暗闇の中、いつもあるはずの場所に懐中電灯を見つける。ブレーカーを調べると正常。ということは…、一瞬のうちに、暖かいお風呂やご飯を今日は諦めなくてはいけないことや、防災の備えをすべきであったという後悔が頭をかすめるが、その直後に電気が戻る。あっけなく。もう少し、反省する時間が欲しかった。
ところで停電と言えば、年末にジュンパ・ラヒリの本を図書館で借りてきていて、昨晩寝る前に読んだ。しかし寝る前に読む本としては失敗だった。おかげで3時間ほど寝られずにベッドの中でtoss and turnしなくてはいけなくなった。この本は、彼女がイタリアに居を移してイタリア語で書いた本だ。彼女自身を投影したかのような登場人物の小さな物語りがいくつも綴られた、長編小説だ。さすが、ひとつひとつのお話にしっかりとした主題が感じられ、必ず印象的な物がある。でも、彼女自身は若い頃にピュリツァー賞を受賞した時の自分とは違う自分になるために、敢えて母国語とは違う言語で書く事を始めたというのだから、彼女という人間の凄まじさを感じる。なんというか…、真面目すぎる性格がそこには感じられるし、重たくもあるんだけれど、同時に人間に対する洞察力や観察力、理解力、そして人間という物への深い愛情があるんじゃないか、と私は思っている。どうかな、一言では言いにくいんだけど。とにかく、いくつかのお話を読んだ後に、色々と考えを巡らせてしまい、昨晩はすっかり目が冴えてしまった。
今年は、春になるまでに大きな仕事が2つある。ひとつは春にオープンするというカフェの看板作りで、もうひとつは娘の幼稚園の準備だ。これが結構あるんだね、スモックやら道具バッグやら給食用の色々な布もの…。娘と時間を過ごしながらこれらを作るのは結構大変だけど、しっかりと作りたいと思っている。子供の幼稚園の準備なんて、初めてで最後の経験だから。